友達が舞台監督を務めている『架空が呼んだ』という演劇作品を観てきた。
本人役で出演している須藤瑞己さんが、名前の読みを間違えられやすい、と独白する場面があった。
須藤はスドウ、と読むが、本名は ス「ト」ウ、と読むらしい。
で、ひとたび間違えられたら訂正のタイミングを失う。
わざわざ直してもらうほどでもないから、気がつけばず~っと苗字や名前を間違えられたまま生きている時間がある、という話をしていた。
めちゃくちゃ分かる。共感のるつぼ。演劇の最中じゃなかったら、須藤さんをすぐメシに誘っていただろう。
僕の苗字は寒川だ。サムカワでもカンカワでもなく、「サンガワ」と読む。香川県の一部地域での読み方だ。
わかる。やや直感的じゃない読み方だ。本当に覚えづらいと思う。先祖がすいません。
これまで信じられないくらい間違えられてきたし、今もどこかで間違えられてるし、今後も間違えられることだろう。
諦めとかじゃなく「そんなモンしょ」と思っているので、ぜんぜん気にしてない。好きに呼んでほしい。
どう呼びかけられても、僕はあなたの方を振り向く。「カワイイね」でも振り向く。
ただ、高校のときの理科の先生。僕のことを「カミハラくん」と呼んでいた先生。
あれは振り向けなかった。というか、僕のことだと思わなかった。僕の顔を見ながら「カミハラくん」と言ってるから、ギリギリ返事できたけど。
それでも僕は2学期耐えた。授業の流れを切るほどではないと思ったから。
ある日ふと我慢できなくなって、「あの、僕、サンガワです」と宣言してみたら、「なんで早く言わないの」とやや怒られたし、教室にも「目立たないヤツが急に何か言った」という変な空気が流れたので、普通に嫌な思い出である。
『架空が呼んだ』は、名前の件に限らず、個人的な記憶が呼び覚まされる描写が多くて面白かった。
大学の講評の時間、友達との共同制作、筆が止まって連絡が取れなくなる脚本家……。
観劇中、何度も横になりたくなった。記憶が急にあふれ出すと、臓器にダメージが来るから。
なるべく柔らかいベッドから観たい。ポケットコイルマットレスがいい。
それでも楽しめたのは、温かい話だからに他ならない。
創作についてのストーリーだったが、上から目線に決してならず、観る人への対等な「ガンバりましょや」というメッセージを感じて嬉しかった。
ガンバりましょう、みなさん。情熱をかけられる物事、続けられるだけ続けてみましょうね。


