『ぶたいうらのたんけん with 妖精大図鑑』の舞台裏

吉祥寺シアター バックステージツアー『ぶたいうらのたんけん with 妖精大図鑑』の公演が終わった。
なんと、役者として出演しました。
光栄、光栄。大光栄。ありがとうございました。

バンドマンとしてステージには何回も上がったけど、役者として舞台上で動くのは初めてだ。
さすがに不安なので、妖精大図鑑(パフォーマンスユニット)の皆に「あのう、こんな感じでオッケーでしょうか・・・」と何回か確認するも、「へーきへーき」「大丈夫大丈夫」「でかい声出してけ」などの野球部的なアドバイスが飛んでくるばかりだった。

まあ、妖精大図鑑が大丈夫って言ってんだから大丈夫か。
だって、この人たち、めちゃめちゃプロだしな。

というわけで、爽やかな気持ちでのびのびと演じられた。
謎の支配人として、声を張って、光を浴び、楽器を鳴らして、大胆に踊る。
時たま見える客席の子どもたちが、笑ったり驚いたりしてくれる喜びが胸を満たす。
また機会があったらすぐやりたい、と思うほど、楽しい経験だ。

そう、子どもたちだ。今回の公演は、小学生から高校生が集まっている。
演劇を観てもらったうえで、「いま観た劇はどのように作られたのか」、舞台の表と裏のツアーを通して知ってもらうのだ。
僕と永野百合子さんは楽屋や奈落、バルコニーなどの裏側を案内し、飯塚うなぎは舞台上で照明や音響などの仕掛けを解説する。

思わぬクセ者なのが『紙吹雪』。
ちっちゃくて細かい紙吹雪は、劇中で使ったばかりで、舞台上に散乱している状態だ。
となると、子どもたちは触る。そりゃそう。
触るし、集めるし、転がるし、紙吹雪を頭に乗せてシャンプーするし。
若干無法地帯と化してしまうが、楽しそうなので良かったと思う。

うなぎは「紙吹雪に勝てねえ・・・」と少し悔しそうにしていた。
紙吹雪に勝てるものは、この世に少ないよ。落ち込まないで。

裏のツアーでは、百合子さんがほとんど解説をしてくれた。
僕はたまに相槌を打ったり、適宜ふざけることに注力。
シアターの構造や装置について知識がマジでないため、たまに本当の「へえ」を漏らすなどしていた。
舞台照明ってフックとワイヤーの二重で落ちないようになってるらしいです。そうだったんだ。

ところで、舞台とは関係ないけど、吉祥寺という町の解像度がちょっと上がったのも嬉しかった。
実はあんまり来ない町だ。
しかし、大きいシアターがあり、古本や絵本のお店も多く、なんとデカいハードオフがあることが分かった。
デカいハードオフ? おい、行こうぜ、はじめさん(妖精大図鑑の音響)!!

休憩中にはじめさんとハードオフに走り、超大量のエフェクターやギターを「とても素敵な光景だね」と眺めつつ、あんまり時間がないのでもう一度ダッシュして劇場に戻った。
気がついたら、はじめさんは何か買っていた。
デパートの迷子センターにありそうな卓上マイクだった。
「なにに使うの?」と聞くと、「どうしようかな」と言いながら、ただ微笑んでいた。こういう人だ。
ジャンク品だったが、インターフェースに繋いだら普通に使えた。
使えたら使えたで、本当にどうする気なんだ。

まだ見たい店もあったし、シアターに併設された喫茶店も気になるので、近いうちに吉祥寺に行きたい。
僕は子供たちと同様、初めて劇場の表と裏を経験した今、あらためて吉祥寺シアターで演劇も観てみたいところだ。
これまでとはきっと違うんだろう。
また立ってみたいな、あのスポットライトの中に。

泣く女(特殊パターン)

ストーム叉焼さんが芋煮を作っている動画を見かけた。
芋煮って味噌汁に里芋を入れたものと思っていたが、まるで違う。
しょうゆとみりんベースの、どっちかと言えば肉じゃがに近い料理だった。

夏も終わり、もう年中この気候で固定してくれやと思うほど過ごしやすくなってきた。
熱い料理がおいしい季節だ。
芋煮、やってみる?

せっかくなのでちゃんと牛肉を買った。
もちろん里芋も。それに、ニンジン、玉ねぎ、厚揚げなど。
煮込んでだし醤油『味将軍』で味付けすれば、すぐに完成。
まるで僕がやったかのように書いているが、妻の栞が作りました。ありがとう。

感動するほどおいしかった。
ごはんにも合う。おおよそ牛丼の味がするけど、里芋の食感がアクセントになって嬉しい。「わたし、芋煮ですからね」と念押しされるようだ。
うどんを入れても絶品。汁物という特性を活かし、カレーうどんに変貌させることも容易。
「今年の秋冬はこれを頻繁に食べようね」と家族で固い握手を交わした。

日をまたいだ昼食、最後にわずかに残った芋煮を夫婦で食べていると、妻の目に涙が光った。

「もう、食べ終わっちゃう」

そう言って落涙していた。
芋煮が無くなるのが寂しくて、妻が泣いている。

また食べよう。
次は、シメにラーメンを入れるやつを試してみようね。

なんかゴチャゴチャ言ってて草

インターネットを眺め始めてから、20年弱が経った。

まとめサイトやニュー速(VIP)、各テキストサイトを読んでいたのは中学生の頃になる。
(β)時代のニコニコ動画や、安っぽいUIだったYouTube、mixiやTwitter(X)などのSNS。
その前身になった前略プロフィール。懐かしいですね。

時が経ち、人間共の進歩はともかく、インターネットは遠大な進化を遂げた。
そして、中学生のときに立てた誓いを、僕はいまだに守り続けている。
「w」は使わないぞ、という誓いである。

ネトゲのチャットが起源だったと思うが、主に「いま笑っております」という意図で文末に書かれていた「(笑)」が、いつの間にか「w」に略され、あっという間に主流になった。
打ちやすさと表現の幅(例えばwwwwwのようにいっぱい書くと、めちゃウケているように表現できる)のおかげか、2chで爆発的に広まって、ブログやSNSなどの非アングラ層へ広まっていった印象がある。

使わなかった。てこでも使わなかった。
そもそも(笑)とも書きたくない。
面白かったら「おもれー」と書くし、笑ったら「笑ってます」と書く。

「w」は「草」にほぼ取って代わられて久しいが、そっちも当然使ってない。
なんなら、それらに限らず、ネット用語を「自分の言葉」として使用しないようにしている。
そりゃネットに入り浸っているから、ネット用語はそれなりに知っている。使わないようにするためだ。

なぜか?
僕が使うとダセえからだ。

インターネットに詳しそうな風貌の男がネット用語で喋るのは、なんの意外性も無くてつまらないからだ。

僕は中学生の時点で、長髪で陰湿な瞳をしたサブカルBOYだった。
そんなヤツが「100m走最下位乙~www 3getロボだよ、ウィーンガシャン」とか言っててみろ。
役満だろ。

いや、別にいいんだよ。
人生ってそんな些事ですべてが決まるわけじゃないし、役満なりに友達もできただろう。
僕が選ばなかっただけ。その生き方を。

単語ひとつで大げさなのは分かっているが、これは信念の話だ。

ネットのユーモアはネットの文脈でしか活きない。
現実に飛び出した途端、文脈を失って死ぬ。そう感じている。
文脈を知っている仲間同士でやり取りするのは楽しいかもしれないが、それだけの世界は狭すぎる。

今後も使わない。
「使わない」と決めている同士たちも、勇気を持ってくれ。
沢山の仲間がいる。決して一人じゃない。
信じよう。そしてともに戦おう。
工作員や邪魔は入るだろうけど、絶対に流されるなよ。