悪霊退散

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大学生の頃、ほとんどの大学生と同じように僕もバイトに勤しんでいた。
詳細は省くが、様々な現場に企画を持ち込んで渡り歩き、イベントや演出を行ってお賃金をいただく、名状しがたいバイトをやっていた。

当然、稼ぎは非常に悪い。小6が貰うお年玉より悪い。
それでも楽しかったので続けていた。自分の関わった事で人がウケている、それだけで腹も膨れるし喉も潤う。
そういった若さゆえの勘違いでヘラヘラ生きていたので、当時たくさんの人に迷惑をかけた自覚がある。たいへん申し訳ありませんでした。

さて、そんなピチピチかつグダグダの僕だったが、大きめの仕事の依頼が来たことがある。
【若手の俳優を集めて舞台をやるので、脚本に加筆してほしい】 というものだ。
舞台の売り上げの数パーセントをいただけるとのことで、大喜びで引き受けた。

結局、家の中で完結する仕事が一番いい。
せいぜい最初打ち合わせして、脚本提出後も、たまに稽古場に行ってちょいちょい口出せば済むはずだ。
最高!!

2ヶ月後 夜 22:00

稽古も大詰めである。僕は感情をなくしていた。
本番3日前なのに、主役の新一くん(仮名)がマジでセリフを覚えていないからだ。

脚本家から送られてきた台本は、どんなにゆっくり演じても10分で終わるものであった。
泣きながら9倍に引き伸ばしたが、その後も現場の状況はクルクル変わった。
ついでにキャスト達には舞台経験がない事も判明し、最終的に僕は演出を行うために、2ヶ月間のほとんどを稽古場で過ごしたのだった。

前述の通り本番3日前なので、なんとしてもシーンを完成させなければいけない。
新一くん、理沙さん(仮名)、アヤメちゃん(仮名)、の三人に居残りしてもらい、徹夜覚悟で場面を覚えてもらう。

「寒川さん、私ちょっと怖いです・・・」

稽古前、アヤメちゃんが僕にそう告げた。
どうしました、何が怖いんですか。僕だって怖いですよ、全然できあがってないのにチケットは普通に売れちゃってるんだから。
いや、そうじゃない。図らずも男女2対2で一晩過ごすことになってしまうのだ。そら怖いよな。

「すいません、でも寝る場所は仕切りますし、なんなら僕と新一はその辺のネカフェで・・・」

「違うんです。私感じるんです。」

何?

「ここ、霊を感じるんですよ・・・」

アヤメちゃんを無視して、夜稽古は始まった。
新一くんは記憶力の割に台本を持ってこない悪癖があるので、今日も僕のチェック用台本を貸していた。
ペースは悪くない。休憩挟みつつ、3時くらいを目処に出来上がるかもしれない。

23:00

新一くんは大きい声を出す演技において、必ず顔だけ客席側を向いてしまう悪癖がある。
2ヶ月経っても直さないソレを注意していたところ、事件は起きた。
アヤメちゃんが倒れたのだ。足を押さえてうずくまっている!

理沙さんが「大丈夫!?」と駆け寄り、患部を確かめようとした。新一くんは「患者を動かすな!!」と叫んだが、それは頭を打った人とかに言うやつで、僕も理沙さんも聞こえなかったフリをした。

「うう・・・うう・・・」
「アヤメちゃん!どこを痛めたの!?」
「アヤメさん、状況によっては救急車を呼びます。痛めた場所を具体的に教えてください!」

「違うの・・・違うの・・・」

「私、取り憑かれたの!!!!」

次の瞬間、アヤメちゃんは”ところてんロボットダンス”を始めた。
そんなダンスは無いが、あんなグニャグニャかつ規則的な動き、そう表現するしかない。

「どけ、ヒビキ!!!」

新一くんは、親しく無いのに僕の事を下の名前で呼ぶ悪癖がある。悪癖のデパートである。
いねえなと思っていたが、どうやらキッチンに向かっていたようだ。
彼の手には食塩(1kg)の袋が握られていた。

「これでも喰らえええええーーーッッッ!!!」

力任せに袋を破いて、その場でジャイアントスイングを始める新一くん。
稽古場に1kgの塩が撒き散らされ、理沙さんの両肩には塩の肩パッドが出来上がった。

僕ですか?下を向いていました。
塩が目に入らないようにするためもあるが、あまり直視したくなかったのだ。
これほどまでにインパクトの強い光景は、死ぬ間際の走馬灯に採用される可能性がある。

「悪霊ォォーーー!!!退散ーーーーー!!!!」

その情熱を頼むから演技に向けてくれよ。

23:30

30分踊り狂ったあと、落ち着いたアヤメちゃんをソファに寝かせ、理沙さんも休んで貰うことにした。
新一くんは僕にマジギレしたが、(「稽古はみんな落ち着いたら再開しよっか」と言ったら、胸ぐらを掴まれながら「仲間がこんなになってんのに、テメーは舞台がそんなに大事かよ!!」とキレた)僕はこの状況に怒っていない。
この2ヶ月間、一事が万事この調子なのだ。僕が怒ったらなにも進まなくなってしまう。

無心で床の塩を片付けていると、部屋の隅で片膝を立てて座っている新一くん(手伝えよ)がポツリと語り始めた。

「なあヒビキ・・・。お前ってすげえよな。なんつーか、この舞台のためになり振り構ってないじゃんか。」
「いや、うーん・・・それはどうだろうなあ。」
「謙遜すんなよ。仲間をないがしろにするお前のやり方は気に入らねえけど」
「それマジで言ってる?」
「本気で舞台やってる姿勢、ちょっとカッコいいと思っちまったよ。決めた。」
「なにを?」
「本気でやるわ、俺も!」
今までの2ヶ月間、なんだったの???????

翌日 昼 13:00

あの後目覚めたアヤメちゃん含め、3人の稽古は順調に進んだ。
プロセスは全然納得いかないものの、本気になった新一くんはちゃんとセリフも動きも覚えてくれた。
朝方には帰宅し、他のキャストと共に昼に再集合。そして全体を通してリハーサルだ。

「おはようー!ヒビキー!」

新一くんも元気いっぱいである。

「あっ、台本ねえや」

全然いい。そもそも内容覚えてれば問題ない。

「今日も貸してくんない? 昨日の練習以外のシーンが思い出せなくて」

・・・・・・・・新一くんは、本気の持続時間が異様に短い悪癖がある。

-終-

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