ドジはすぐに寝る

夜の吉祥寺のコインパーキングに停車したとき、頭の中はベルトでいっぱいだった。最短距離でGUに向かい、なんとしてもベルトを手に入れなければ。

数時間前、蔵前のコンビニでトイレに寄ったのだ。ズボンを脱いだその瞬間、さしたる音も立てずに前ボタンがちぎれて便所内のどこかへ消えていった。

いまこの瞬間より、ファスナーだけが頼りである。試しにトイレを出て店内を歩いてみると、意外と脱げてこない。いけるいける。

というわけで、まずは蔵前で開かれている、大学時代の同期の個展に向かった。
数々の作品を楽しみ、久々に会う同期との会話に花を咲かせている最中、やはりというべきか、ズボンが徐々に、確実に下がっていくのを感じていた。

これはだめだ。ゆっっっくり露出しているに等しい。

個展を跡にして、車に乗り込み、今度は吉祥寺に向かう。舞台を観に行く予定なのだ。
しかし、スロー露出魔から脱却するために、まずはベルトが優先だ。腰をギッチリ締めればなんとかなるはずである。

吉祥寺のコインパーキングに停め、腰を必死にホールドした変な小走りで商業施設に向かい、GUでベルトを手に入れて腰に巻いた。驚きだ。安心感がまるで違う。
開場ギリギリの時間にはなったが、充分間に合った。よかったよかった。

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終演後、コインパーキングの場所がわからなくなった。着いたときに『ベルトを買う』というタスクが脳の大半を占めていたせいだ。
土地勘もまったくない。夜の吉祥寺でほぼノーヒント迷子である。
どうしよう。交番? でもお巡りさんに「どのコインパーキングに停めたか忘れちゃって…。」と相談したところで、稀代のアホ来た、と思われるだけだろう。

腰の次は頭を抱えることになったってか。バカが。

こうなったら死ぬほどウロウロするしかない。楽しそうに酔っぱらう人たちを後目に、同じような通りを行ったり来たりしながら、苦い表情でそれらしきパーキングを探し続ける。
実際気のせいではなく、同じ通りを何周もしたせいだろう。
さっきまで「お兄さん、お店お探しですか」「お兄さん、おっぱいどうでしょう」「おっぱいいかがすか」「おっぱいあります」などと、元気いっぱいに乳房の在庫状況を共有してきてくれていたキャッチのお兄さんたちが、あっという間に僕にだけ話しかけてこなくなる。

1時間経過。なんかだんだん足も痛くなり、悲しい気持ちになってきた。
せめて誰かに笑ってもらいたくて、その辺のフェンスにスマホを置いて自撮りをする。もちろんダブルピースで。
自撮りを添付して、《ガチ迷子になりました、迷子記念》、と。Xに投稿。

瞬間、はたと気づいた。ダブルピースの、その隣。カメラロールに写真が残っている。
コインパーキングの看板だ。
一気に記憶がよみがえってくる。車から降りたとき、慣れない吉祥寺で迷子になる可能性を考えて、ちゃんと住所が記載されている看板の写真を撮っておいたのだ。で、それを完璧に忘れていたのだ。

リスは食べ物を貯めておく手段として、地面に木の実を埋めることがあるらしい。しかし、埋めた場所を永遠に忘れてしまうこともしばしばあるそうだ。
リスと僕の知能は、ほぼ同じということである。

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「ってことがありまして…。」

ようやく帰宅して、うどんを啜りながら今日の失敗を妻に話す。たいそう笑ってもらえたのでありがたかった。

「どんなデザインのベルト買ったの?」
「ああ、ちょっと待って。」

ベルトをシュルッと外して手渡すと、妻がけげんな表情でこう言った。
「このベルト、女物だよ。」

今日はもう寝よう。なにをやってもダメな日だ。

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