デウス・エクス・マキナ

「…つまり、あなたが窓ガラスを割って部屋に入ったとき、犯行現場は”密室になった”んです。このトリックを使えたのはあなたしかいない。違いますか、グレイソンさん。」

私立探偵レスター・プリオンによってリビングに集められた男女の視線は、長身の男 – スタンリー・グレイソンに集中した。
当のグレイソンは、今しがたの大胆な告発が聞こえなかったかのように、表情一つ動かさない。

「…なるほど。アンタの想像通りだとしたら、確かに犯人は俺だろうな。」
だがね、とグレイソンは続ける。
「俺に犯行は不可能だったんだよ。」

「いえ、可能でした。」レスターがピシャリと言い返す。「殺人が行われた時間帯、アリバイがないのはあなただけだ。」

「いいえ、アリバイはあるんです。」

突如、震えた声をあげたのは、アネット夫人であった。青ざめたその顔は、苦悶と後悔で歪んでいる。

「犯行時間 – 昨日の8時からの40分間… 彼と一緒にいたのは、わ、わたしなんです。」
「なにをバカな!」
彼女の夫 ― ロバートが怒りもあらわにそう言った。とたんに夫人はわっと泣き出す。
「ごめんなさい、ごめんなさい…。あ、愛し合っているんです、わたしたち。この関係は墓まで持っていくつもりでした。でも、このままではスタンリーは捕まってしまう。無実の罪で!そんなの、そんなのはあんまりだと…。」

雪交じりの風が吹き付け、またロッジがギシリと軋む。恐怖や失望、怒りが渦巻き、誰もが押し黙る部屋の中で、一段と深く心を冷やしているのは、探偵のレスターその人であった。

物証、すなわち凶器が発見されていないこの事件において、アリバイこそが最も重要だった。

グレイソンは周到な男だ。警察ではこの事件を解決できまい。

「さあ、探偵さん。どうなんだい。」重い空気の中、口を開いたのはロッジの管理人・ハウレット氏であった。「結局、自殺だったってことなのかい。」

あらためて、探偵をみなが見つめた。
レスターにもわかっている。この事件は、いまは解決不可能だ。
謝罪の言葉を述べようとした、そのときであった。

ドッッッッッバーーーーーーーーン!!!!!!

爆発したように、玄関のドアが吹き飛んだ、ようだった。
驚愕し、思わず音の方に目を向けたものの、みなが目撃できたのは、もうもうと立ち上る煙と、その向こうにたたずむ人影だけであった。

輝くシルバーの体に雪が反射する。
真一文字に結ばれた、生真面目な口元。
煙が晴れていくにつれ、おなじみのその姿があらわになっていく。

ロボコップである。

ウィン、という素早い駆動音と共に、ロボコップのオート9が火を噴いた。

瞬間、グレイソンの体が後ろに吹っ飛ぶ。したたかに壁に打ちつけられた彼の胸には、大きな血の滴る穴が空いていた。即死である。

アネット夫人が絶望の悲鳴をあげ、男たちがめいめいに逃げ惑う。

「や、やはり彼が犯人だった、のか…?」さすがのレスターも動揺を隠せなかった。「ロボコップ、なぜグレイソンを撃ったんです!」
「よく見ろ、容疑者は武装していた。」

確かに、力なくくずおれたグレイソンの腰から、小さなピストルが覗いていた。

「それに、だ。この場の全員をスキャンさせてもらった結果、コイツに残っていたDNAが容疑者と一致した。」

事もなげにロボコップは答え、一本の短剣を取り出した。

「この短剣が凶器だ。ここら一帯をスキャンし、崖下に埋もれていたのを見つけた。」
「スキャンが万能すぎるな…。しかし、謎は残ったままです。彼にはアリバイがあった。どうやって犯行を行ったんでしょう。」

いぶかしむレスターを、鋼鉄の警官は感情の読み取れない表情で見つめる。やがて、静かに首を横に振った。

「それはわからない。しかし、スタンリー・グレイソンが犯人だ。スキャンしたから、間違いない。」
悲哀、恐怖、困惑。守護するべき市民たちが自分に向けた表情を、ロボコップは見止め… 踵を返した。
「それでは、みなさん。ご協力に感謝する。」

ウィーン、ドシャリ、ウィーン、ドシャリ。
降り積もる雪を重たく踏みしめながら、デトロイト市のヒーローは帰っていった。

こういう場合、あとに残った混乱を収めるのは、ロボコップの仕事ではない。

デトロイト市福祉課の仕事である。

犯罪に巻き込まれ、心身にショックを受けた人々を、適切な医療につなげるのが彼らの使命だ。

がんばれ、デトロイト市福祉課。負けるな、デトロイト市福祉課!

(了)

デトロイト市福祉課の歌

朝日きらめく デトロイト
市民のみなさん こんにちは

ひとりひとりの健康を
守るわれらが 公務員

ああ~ デトロイト市の福祉課

受付での待ちぼうけ
たらいまわしは ご愛嬌

怒るな! 焦るな! 泣いちゃダメ

Put the gun down!(銃をおろせ)
Put the gun down!(銃をおろせ)

Build a playground!(公園をつくれ)
Build a playground!(公園をつくれ)

ああ~ デトロイト市の福祉課

*暴力のもたらす悪は永遠なり
 暴力のもたらす悪は永遠なり

*・・・繰り返し

広い家にモノが多いと

広い家にモノが多いと、なぜか怖い。

昔、両親が営んでいた店のトイレに続く廊下には、両サイドに商品が床から天井までギッシリ積んであった。
「崩れそうで怖い!」とかの具体的な恐怖ではなく、そこにあったのは正体不明の不気味さだ。

ばあちゃんの家の2階も、行くのが怖かった。
基本的に2階には誰もいないのに、モノはたくさんある。
貸衣装や布団、写真、少し大きい家電などなどが、整理整頓されて、複数の部屋に収納されていた。

なぜ気味悪く感じるのか。僕だけの感覚かもしれない。

その場にいない人間の痕跡を、色濃く感じるから?
整理されていると、モノの隙間に逆に敏感になるから?

全然理屈がわかっていないが、ばあちゃん家の2階に上がるときは、大人になった今もちょっとだけ怖いのだ。

しかし、数日前に、ばあちゃんは亡くなった。
だから、これからモノはどんどん2階から無くなっていくだろう。

綺麗に片付けられて、隙間はなくなり、新築同然になった部屋が残るのだろう。

もったいない。せっかく怖かったのに。

相対的ビックリ人間

人体の構造上、ヒジって舐めることができないらしい。という話をしていたところ、「えっ、僕できるよ。」と言いながら、中村竜が自らのヒジを舐めた。

舌が特別長いわけでもなさそうだ。とにかく器用にヒジを内側に折り畳み、ペロペロ舐めている。

「ビックリ人間だ!」と騒いだら、その場にいた田中が「俺もできるんだよな。」と言いながら、同様にヒジをペロッと舐めた。

なんてことだ。2対1だ。

ということは、ビックリ人間は、俺の方…?