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春だけクルタ族

物心ついたときから花粉症なので、春が四季の中で最も苦手だ。

苦手、というか、憎んでいる。

目、鼻、口などの、顔に空いている穴のほとんどがメチャクチャになる時期が、毎年やってくるのだ。憎まずにいられようか。

特に目はひどい。かゆみと痛みで開けられない。開いても真っ赤。春だけクルタ族になる。

 

何しろやめてほしいのは、ニュースで流れるスギの映像だ。

今年の花粉はこんなに飛散していますよ~、という趣旨のイメージ映像として、スギの木から黄ばんだ花粉がモサモサと煙る様子が映される。

あんなイメージを見せられても、花粉症の人間たちは「こん…なに……」と言いながら、絶望して両膝から崩れ落ちることしかできないのに。

元気に花粉を飛ばすスギの様子を見ようが見まいが、どっちにしろ苦しむことにはなるのだから、もう全然関係ない映像を流してほしい。

柴犬の赤ちゃんが、カマキリに驚いて吠えている映像とかどうでしょうか。よっぽど良くないですか。

 

泡に覆われた人生

*ウンコの話をします。

都内のスタジオで大きいお花を摘んでいて、ふと気が付いた。

便座内がフワフワの泡で満ちている。

そして、ウンコ本体がフワフワの泡で見えない。

いや、別にいい。便座くん、ご配慮ありがとう。

自分が出したはいえ、見たくないときってあるもんな。

このフワフワの泡の”隠す力”たるや、その後落としたトイレットペーパーすら飲み込んで、影も形も見えなくするほどだ。

おまけになんのニオイもしない。

ちょっとの不快感も与えませぬぞ、という強靭な覚悟を感じる。

すごいトイレもあるもんだな、と思いつつも、ある不安がよぎった。

幼少期からこのトイレを使って育ったら、”ウンコ”を知らない人間が出来上がってしまうのでは?

物心ついたときからフワフワ泡タイプのトイレだけを使う、大富豪の子供がいたとしよう。

出したモノも、拭いたペーパーも、すべては泡に覆い隠される。

そんな生活に疑問を持つことなく、やがて成人して一人暮らしを計画。

豊かな実家を飛び出し、ワンルームで新しい人生を始めるのだ。

不安と希望が入り混じる、転居初日。

ふと便意を催し、急いでトイレに駆け込み、無事に事を済ます。

便座から立ち上がり、ふと視線を落とすとそこにはー

マジでどうなるんだろう。気絶するんじゃないか。

転転飯店とでかい墓石

転転飯店のコント公演『スケスケ・ア・ゴーゴー』を観に行った。

涙が出るくらい笑った。本当におもしろかった。

劇場も満員で、全ネタばっちりウケていた。

平山犬(大学の後輩かつ、お友達)が書くコントが好きなので、たくさんの人が見るようになり、勝手に僕も嬉しい。

彼は、「人をいやな気持にさせたくない」という願いと、「なにがなんでもウケたい」という欲求を、矛盾することなく脚本にできるヤバい人間の一人だ。

その二つを両立させることは異常に難しいにも関わらず、なんかずっと飄々とやってのけている。

 

衝撃を受けたのは中盤、舞台の転換時であった。袖から、でかい墓石が出てきたのだ。

小柄な人間サイズくらいの、リアルで存在感のある小道具の登場。

なぜか感動してしまい、「ウワー」とちっちゃい声がでた。

前の公演ではきっと作れなかったであろう、でかい墓石。

前よりスケールアップした劇場だからこそ映える、でかい墓石。

 

そんなでかい墓石を、中村くんが抱きしめ、横倒し、一心不乱に掃除している。

 

めちゃくちゃ面白かった。物理的にでかい墓石が”そこにある”からこそだ。

前ならマイムでやっていたであろうネタが、でかくてリアルな小道具を使ってできる。

 

成功の基準は人それぞれだし、上を見上げたらキリがない。

けど、「でかい墓石を好きにできるようになった」は、まぎれもなく成功の証だ。

応援している二人が、好きなことをやって成功するのは、ただただ嬉しい。

そのうちワイヤーで空飛んでほしいな。