『カリコ』という言葉を思い出した。
確か、子どもをさらう妖怪だ。小柄だが、大きな恐ろしい仮面を被っている。夕方になると現れ、なんだか分からないが子どもを誘拐したりするのだ。
いや、違うっけ。食べちゃうんだっけ。いや、槍で刺してくるんだっけ。
具体的なディテールがまったく蘇ってこないので、ネットで検索してみる。
『カリコ 妖怪』・・・ヒットしない。
『カリコ 都市伝説』・・・ヒットしない。
『カリコ 夕方』・・・ヒットしない。そういう名前のリゾート施設しか出てこない。
あの手この手で試してみたが、一切見つからない。
がぜん気になってきた。マイナーな都市伝説だとしても、この大インターネット時代に痕跡すらないとはね。
もともとは父が子供のころに流行った噂話、のはずである。先日、あらためて直接聞いてみた。
「カリコってなんだっけ。あの、仮面つけてて、なんか人を槍で刺しに現れる…。」
「ああ、カリコってあったなあ。でも、仮面とか槍は後付けというか、俺が作った話だから違うな。」
すいません、おじさんの作り話でした。解散、解散!!
「いや、元になった話はあるよ。20年前くらいにフィギュアの造形師と組んで作品を作ったときに、『カリコ』の話をベースに肉付けした設定が仮面とかの部分だな。もともとの噂話は俺が小学生の頃だから、50年以上前の…」
と、父が語った話をまとめたのが以下のものである。
カリコ
1970年代、香川県H小学校内で局所的に流行った噂話だそうだ。
夕暮れ時の田舎町に、『カリコ』と呼ばれる何かが現れる。
下校中や塾帰りに目撃されることが多く、それは大きく伸びる”影”のように見えるそうだ。
その”影”を落とす実体を見た者はいない。
なぜ現れるのか、なぜ『カリコ』と呼ばれるのか? それも分かっていない。
『カリコ』の影につかまると、その子供は死んでしまうという。
おお…。ひどく曖昧な話ではあるが、曖昧ゆえの迫力がある。
有名な都市伝説、たとえば 口裂け女やトイレの花子さん などには、怪異の由来やルールがハッキリしているものも多い。なんなら対処法すら広まっている場合がある。
しかし、カリコに細かい設定はない。ルールもなにも、とにかく夕方にそれっぽい影を見たら死ぬのだ。
この理不尽さは自然災害に似ているが、カリコは災害が敵意を持って子どもをターゲットにしているようなものだ。かなり怖い、というか、迷惑な存在である。
カリコの話で優れていると思うポイントは、流行のツボの押さえ方だ。
噂話や都市伝説に重要なのは、いわゆる体験談(ウソも含めて)だが、『カリコ』は簡単な2ステップで作れる。
①夕方に ②なんらかの影を見る。
これだけ。そりゃ流行りますよ。
「公園から家に帰る途中、角のブロック塀から大きい影が伸びているのを見た。カリコに間違いない。」
「学童の電柱の裏、誰かが立っていた。あの影は絶対人間じゃなかった。カリコだと思ってすぐ逃げた。」
マジでこれだけでいい。教室大騒ぎ確定。「旧校舎の〇階の元音楽室で何をどうこう~」とか「〇丁目の電話ボックスで〇回呪文を唱えて~」とか必要ないのだ。
このシンプルさゆえに局所的に流行ったのは間違いないと思うが、悲しいかな、シンプルさゆえに飽きられ、あっという間に消えた都市伝説なのだろう。
ところで、なぜ”影”を子どもたちは恐れたのか?
それまでも影はその辺にあったはずなのに、ある時期を境に、”影” に『カリコ』という名前をつけて怖がり出したのだ。
父が言うには、あるCMが影響しているのではないか、という。
1972年に放映されていた『森永 チョコベー』のCMである。実際の映像がYoutubeにアップされていたので、ぜひ見ていただきたい。
校庭で遊ぶ平穏な風景から一転、少年の”影”がショッキングな音とともに山に伸びていく。
山より大きくなったその影を、ナレーターが低い声でこう呼ぶのだ。「チョ~コベ~~」と…。
お菓子のCMなのに、味や見た目のアピールを一切していない。ただただ、インパクトを優先したと思しきこのCM、目論見通り大流行したそうだ。
父の通っていたH小学校も例外ではなく、「チョ~~コベ~~」「キミは、チョコベーを見たか!?」とそこかしこで聞こえた。
特に奇妙で子供たちの興味を引いた部分が、”影”が伸びていく謎のシーンである。
“影”が伸びるときの不気味なSE、不条理な演出!それは子供たちの脳裏に「なんか影ってコエーよな」という深層心理を植え付けた。
その結果生まれたのが、“影”そのものを怖がる『カリコ』という噂話だったのではないか…、というのが父の考えである。
いやあ、よかったよかった。知りたかったことが大体知れたとき、心が晴れ晴れとするなあ!
このようにひっそり消えていく都市伝説は、きっと僕が思うよりもはるかに数多く存在するんだろうな。
それは惜しいので、少なくともこの話はインターネットに放流しておこう。世は大インターネット時代だからね。いずれ誰かの役に立つかもしれない。
より詳細なことを知っている・覚えている方はぜひご連絡くださいね。