non-fic

ヒゲと母性

数年前から、ごはんが楽しくなってきた。単に年齢を重ねたせいか、自分で選べることが増えたせいか分からないが、美味しいものを食べることにエンタメ性を感じるようになった。

ただ、「最近、これ美味しくて~」みたいな話をバンドにすると、必ず「あのサンちゃんがねぇ…。」と竜がしみじみ呟くのが腹立たしい。

確かに、10代の僕は「食事?フン、興味ないね…。」といった感じの態度だったかもしれない。

そんな食事のクラウドみたいだった人間が、モリモリ飯を食ってBMIをガンガン上げているのだ。
竜も「あの、サンちゃんがねぇ…。」と言いたくもなるのだろう。
だけど、やめてくれ。お母さんみたいにしみじみするな。俺の成長を優しく見守るなよ、ヒゲ人間が。

とはいえ、例えば田中がお菓子を床にこぼさなくなったり、ハヤトがクイックルワイパーで自室を掃除したりし始めたら、どうだろう。

「成長、したんだねぇ…。」と僕も言ってしまうだろうな。お互い様という訳か。

カリコ

『カリコ』という言葉を思い出した。

確か、子どもをさらう妖怪だ。小柄だが、大きな恐ろしい仮面を被っている。夕方になると現れ、なんだか分からないが子どもを誘拐したりするのだ。

いや、違うっけ。食べちゃうんだっけ。いや、槍で刺してくるんだっけ。

具体的なディテールがまったく蘇ってこないので、ネットで検索してみる。

『カリコ 妖怪』・・・ヒットしない。

『カリコ 都市伝説』・・・ヒットしない。

『カリコ 夕方』・・・ヒットしない。そういう名前のリゾート施設しか出てこない。

あの手この手で試してみたが、一切見つからない。

がぜん気になってきた。マイナーな都市伝説だとしても、この大インターネット時代に痕跡すらないとはね。

 


 

もともとは父が子供のころに流行った噂話、のはずである。先日、あらためて直接聞いてみた。

「カリコってなんだっけ。あの、仮面つけてて、なんか人を槍で刺しに現れる…。」

「ああ、カリコってあったなあ。でも、仮面とか槍は後付けというか、俺が作った話だから違うな。」

すいません、おじさんの作り話でした。解散、解散!!

「いや、元になった話はあるよ。20年前くらいにフィギュアの造形師と組んで作品を作ったときに、『カリコ』の話をベースに肉付けした設定が仮面とかの部分だな。もともとの噂話は俺が小学生の頃だから、50年以上前の…」

と、父が語った話をまとめたのが以下のものである。

カリコ

 

1970年代、香川県H小学校内で局所的に流行った噂話だそうだ。

夕暮れ時の田舎町に、『カリコ』と呼ばれる何かが現れる。

下校中や塾帰りに目撃されることが多く、それは大きく伸びる”影”のように見えるそうだ。

その”影”を落とす実体を見た者はいない。

なぜ現れるのか、なぜ『カリコ』と呼ばれるのか? それも分かっていない。

『カリコ』の影につかまると、その子供は死んでしまうという。

 

おお…。ひどく曖昧な話ではあるが、曖昧ゆえの迫力がある。

有名な都市伝説、たとえば 口裂け女やトイレの花子さん などには、怪異の由来やルールがハッキリしているものも多い。なんなら対処法すら広まっている場合がある。

しかし、カリコに細かい設定はない。ルールもなにも、とにかく夕方にそれっぽい影を見たら死ぬのだ。

この理不尽さは自然災害に似ているが、カリコは災害が敵意を持って子どもをターゲットにしているようなものだ。かなり怖い、というか、迷惑な存在である。

 


 

カリコの話で優れていると思うポイントは、流行のツボの押さえ方だ。
噂話や都市伝説に重要なのは、いわゆる体験談(ウソも含めて)だが、『カリコ』は簡単な2ステップで作れる。

①夕方に ②なんらかの影を見る。

これだけ。そりゃ流行りますよ。

 

「公園から家に帰る途中、角のブロック塀から大きい影が伸びているのを見た。カリコに間違いない。」

「学童の電柱の裏、誰かが立っていた。あの影は絶対人間じゃなかった。カリコだと思ってすぐ逃げた。」

 

マジでこれだけでいい。教室大騒ぎ確定。「旧校舎の〇階の元音楽室で何をどうこう~」とか「〇丁目の電話ボックスで〇回呪文を唱えて~」とか必要ないのだ。

このシンプルさゆえに局所的に流行ったのは間違いないと思うが、悲しいかな、シンプルさゆえに飽きられ、あっという間に消えた都市伝説なのだろう。

 


 

ところで、なぜ”影”を子どもたちは恐れたのか?

それまでも影はその辺にあったはずなのに、ある時期を境に、”影” に『カリコ』という名前をつけて怖がり出したのだ。

父が言うには、あるCMが影響しているのではないか、という。

1972年に放映されていた『森永 チョコベー』のCMである。実際の映像がYoutubeにアップされていたので、ぜひ見ていただきたい。

 

 

校庭で遊ぶ平穏な風景から一転、少年の”影”がショッキングな音とともに山に伸びていく。

山より大きくなったその影を、ナレーターが低い声でこう呼ぶのだ。「チョ~コベ~~」と…。

お菓子のCMなのに、味や見た目のアピールを一切していない。ただただ、インパクトを優先したと思しきこのCM、目論見通り大流行したそうだ。

父の通っていたH小学校も例外ではなく、「チョ~~コベ~~」「キミは、チョコベーを見たか!?」とそこかしこで聞こえた。

特に奇妙で子供たちの興味を引いた部分が、”影”が伸びていく謎のシーンである。
“影”が伸びるときの不気味なSE、不条理な演出!それは子供たちの脳裏に「なんか影ってコエーよな」という深層心理を植え付けた。

その結果生まれたのが、“影”そのものを怖がる『カリコ』という噂話だったのではないか…、というのが父の考えである。

 


 

いやあ、よかったよかった。知りたかったことが大体知れたとき、心が晴れ晴れとするなあ!

このようにひっそり消えていく都市伝説は、きっと僕が思うよりもはるかに数多く存在するんだろうな。

それは惜しいので、少なくともこの話はインターネットに放流しておこう。世は大インターネット時代だからね。いずれ誰かの役に立つかもしれない。

より詳細なことを知っている・覚えている方はぜひご連絡くださいね。

葉山芸術祭のこと

4月、葉山芸術祭のオープニングライブにバンドで出演した。
僕の地元で毎年開催されているイベントだが、出演者側として関わるのは初めてだ。うれしい。

ライブ当日になんとなく会場内をウロウロしていると、あちこちに知った顔がある。
僕が出演すると聞いてわざわざ来てくれた人も複数いた。かなりうれしい。

(ありがたいねェ…♡)(ライブ頑張りますねェ…♡)といった心持ちで出番を待つ間、一人の男性に目が留まった。
肩をいからせ、ガニ股をできる限り開き、首をゆらゆらさせながらノッシノッシと歩いている。

あの顔。たぶん中学のときの同級生だ。

名前こそ思い出せないし、同じクラスだったかも分からないが、とにかくピンとくるものがある。
同級生だ。

同級生が、30超えた同級生が、元気いっぱいにヤンキーを頑張っている。

少なくとも彼と友達だった記憶はないため、僕はそそくさとその場を離れた。鉢合わせたところで、なにか良いことが起こるとはとても思えない。

 

やがて出番の時間がやってきた。数曲の演奏ののち、中村竜のMCタイムが始まる。

「今日はみなさんありがとうございます。ここ葉山は、ギターの寒川響の地元でね!」

おっ、その紹介はヤバい。ライブ後に、同級生に話しかけられる未来が見える。

「寒川響!?サンちゃんじゃん!俺、〇〇!分かる?××中のさァ!」

やめてくれ。どうせごく小さな共通の話題しかないのに。
社会科の先生、髪の薄さを自分でイジりすぎてて、生徒は逆にそこには触れないようになってたね、とかさ。
弱いだろ。思い出話としても。

どうしよう。ていうか、なんで来たんだろう。まさか、認知してるのか? 空中カメラを、認知してる?
同級生がやってるバンドを認知して、来た可能性がある?

 

えっ? いいヤツ…ってコト?

 

試しに客席を見渡すと、彼はいなかった。そりゃそうですね。