怖くなるところだった

作曲家の岡部弦くんと廃墟に行った。
もちろん大丈夫な廃墟。立ち入りが合法なタイプの廃墟だ。

その廃墟は、山の中にある。
車を停めていいスペースや、仮設トイレもあり、廃墟なのに至れり尽くせりだ。

もともとは巨大な研究施設だったらしい。
建物自体は老朽化はしているものの、全体的に頑丈に見える。
中に立ち入ることはできないが、窓の外から観察した限り、建物内も大して傷んでいない。

ものすごく活用できそうなのに、なんの活用もされてないのが信じられない。
我々のような物好きがたまに訪れて「ほえ~」「テンション上がるなあ」とか言うだけの場所にしては、あまりにももったいなく感じてしまう。

周囲を散策していると、遠くから音が聞こえてきた。

くぐもっているが、電子音だ。
場違いな音に、思わず僕らは黙って立ち止まる。

耳をすますと・・・知っているメロディ?

【ポポーポ ポポポ♪ ポポーポ ポポポ♪ ポポポポポー♪……】

「これ、スーパーの・・・?」
「呼び込みくん、ですね」

岡部くんがそう言った瞬間、その音は止まった。

改めて言うが、ここは山の中の廃墟だ。
イオンの鮮魚コーナーではない。
だが、聞き間違えようのないメロディだった。

一瞬、嫌な想像が頭をよぎる。
妙にくぐもっているから、遠くで鳴っていると思った。
そうではなく、建物の中で鳴っていた、としたら?

「寒川さん、知ってますか」

岡部くんが声をひそめて言う。

「呼び込みくんって、2万くらいするらしいっす・・・」

ウソだろ? 高すぎる。
せいぜい4000円くらいかと思っていた。

その後、業務用のアイテムって予想とズレた値段だよね、というあるあるで小さく盛り上がり、もともとなんの話をしていたか忘れてしまった。
危なかった。怖くなるところだった。

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