
バンドメンバーも妻も高校からの付き合いなので、同窓会のような日々を送っている。
実際の、ちゃんとした同窓会に行った経験は、成人してから一度だけだ。
中学校の同窓会だった。当時の学級委員長が方々に声をかけ、ほとんどのクラスメイトが集まることができた。
とんでもない幹事力だと思う。それほどの幹事力を身に着けるまでには、涙で枕を濡らす夜もたくさんあった事だろう。
同窓会は楽しかった。
当たり前のことだけど、中学生の頃の印象しかない人が、しっかり大人になっているのは面白い。
同じ班でヤンキーに追いかけ回されていたヤツは、雑誌の編集者になっていた。
「こいつ耳遠いよな~」と思っていたら、耳垢が鍾乳洞みたいに蓄積していた男は、都内でしっかり就職していた。
僕はといえばバンドマン・・・というか無職である。
当時は世間に出していたものも、自主制作アルバムぐらい。実に心細い。
そんな僕の心情など、誰も気にしていなかった。
とにかくみんな酔っぱらっていて、とにかくみんなフレンドリーだった。
「寒ちゃんも飲めよォ!」
「俺、飲めないんだってば!」
「なんだよォ、じゃあソフトドリンク飲めよォ!」
「おい、誰かッッ!!寒ちゃんにオレジュー(オレンジジュース)8リットル持ってこいッッ!」
このやり取りを一晩で100回やった気がする。僕はオレジューで腹がいっぱいになった。
夜もだいぶ深くなったころ、当時いちばんヤンチャだったNが、”深紅”としか言えない顔色で僕の席に身を寄せた。
「寒ちゃんよ、俺ェ・・・数十年生きてきてな、もっとも大切なことに気づいたんだな。」
どんよりした瞳で僕に語り掛けながら、ぐっと肩を回してくるN。
「なに、マジな話?」と笑いつつ、僕もNの肩に腕をやる。
「ものすげー真実だよ。俺、気づいたんだ・・・。恋よりも、愛のほうが大事なんだよ!」
なるほど。中学を卒業してはや数年。
こんなことを言い出すくらいには、Nにも濃密なラブストーリーがあったのだろう。
「つまり、どういうこと。」と聞くと、Nは真剣な顔でこう答えた。
「”愛”って字には、『心』が入ってんだよ。
でも、”恋”って字には、『心』は入ってねえんだよなあ・・・!」
おお・・・。世界一バカな意見だ。
「どっちにも入ってるぞ、心。」
「ああ!?入ってねえだろゥッ!いま書くから、ちょっと、貸してノート。」
僕のカバンからノートとペンをひったくり、Nは酔っ払いのヨレヨレ筆圧で、大きく『愛』と書いた。
「で、次は、”恋”だ!」
そう言いながらNが『愛』の隣に書いたのは、『変』という字であった。
その時、下戸であることを初めて残念に思った。
酒が飲めたらもっと笑ってたんだろうな、あの瞬間。