
「ああ、また姉からだ」
そう言ってスマホでメールを確認するKさんは、近所のおじいちゃんだ。
ビートルズが好きで、コインランドリーで会うとたまに喋る仲である。
「けっこうお姉さんとメールのやり取りするんですか?」
「姉はねえ、もう80過ぎなのに、やたら元気というかなんと言いますか…。けっこうどころか、しょっちゅう色んな誘いの連絡が来るんですよ。」
こないだなんか凄かったんだから、と、こんな話を聞かせてくれた。
その日、お姉さんに呼び出されたKさんは、駅前のコーヒーショップで楽しそうにしゃべる彼女の話を聞いていたそうだ。
主には最近行ったハワイの話だったが、お姉さんは急に立ち上がり、「さ、行くよ。」と言った。
Kさんは驚いた。てっきり少し話して解散かと思っていたのだ。
「行くって、どこ行くの。」
そう聞くと、お姉さんはククク、と笑った。
「この辺ねえ、アタシの同級生、ミツエちゃん。ミツエちゃんのやってるお店があるのよ。」
「ああ、その、ミツエさんに会うってこと?お店にこれから行くの?」
「違うよお!話を最後まで聞きなさいよ。」
コーヒーショップを出たお姉さんは、少しだけ声を落として話を続けた。
「ミツエちゃん、不倫してんの。旦那さん亡くなってるんだけど、去年新しく彼氏ができたんだよ。でも、その彼氏に、まだ奥さんいるんだって!」
お姉さんは楽しくてたまらない様子だったが、Kさんは話が見えないと思ったそうだ。
百歩譲って高齢不倫ストーリーをミツエさんに聞きにいこう、ということならまだ分かるが、ミツエさんには会わないという。
なら、いったいどこへ向かうというのだろう。
なんにせよKさんは帰りたかったが、突然、お姉さんが通行人に声をかけ始めた。
「あのう、すみません。×××不動産ってご存じ? 用がありまして・・・。」
通行人は土地の人間じゃないからわからない、ごめんなさいね、と言いながら去っていったが、状況はますます分からなくなった。
「姉ちゃん、なにやってんだよ。不動産屋に用事なんて無いだろ。」
「まだピンとこないの。その彼氏が経営してんの。×××不動産。」
ミツエちゃんをたらしこんだ不倫男のツラ、絶対に拝みたいじゃないの。
お姉さんはそう言ってガハハと笑った。
あまりにも下世話すぎて、Kさんも笑ってしまったという。
不倫彼氏の情報を往来の人に聞き込みして、最後に×××不動産を覗きに行くというツアーだったのだ。
「こういう聞き込みはね、一人より夫婦っぽいほうが説得力が出るのよ。だからアンタを呼んだのよ。」
悪びれもせずニヤニヤとそう言うお姉さんを尻目に、「じゃ、また。」と言ってKさんは帰った。
話を一通り聞いていろいろ思うことはあったものの、「お姉さん、パワフルっすね」と僕は言った。
パワフルかあ、ほんとにそうだね、と苦笑しながら、Kさんは今しがた受信したメールを見せてくれた。
「アンタ来週の月曜時間ある? 私のお友達のカブトムシが蛹になるかもしれないの。二人で見に行くよ!」
もうほとんど涼宮ハルヒなんじゃないか、Kさんのお姉さん。