2025年 4月 の投稿一覧
コンタクト応援団
裸眼の俺が必要な用事があるため、コンタクトレンズを作った。
今まで一回もつけたことがない。あんなうっすい物体を眼球に直接、”つける”て。ほとんど目を触ってるのと同じじゃないか。
眼科で検診を受けて、そのまま看護師さんにサンプルのコンタクトレンズの装着方法を教えてもらうのだが、呆れるほど失敗した。
やっぱり目を触るのと何も変わらなかった。自分の指が眼球に触れると、しみて目を閉じてしまう。
「寒川さん、両目とも閉じないでください!」
「がんばって!」
「黒目はまっすぐ、鏡ですよ~。」
なんか、看護師さん増えてないか?
気が付くと3人くらいに応援されていた。こんなに情けないことってあるか。
応援はありがたいけど、一向にうまくいかない。失敗するたびに「「「あ~~惜しい~~」」」などとギャラリーから声があがる。
すまねえ、みんな。 クソ、俺がもっと器用なら…!
結局、看護師さんの一人につけてもらった。検診が進まないから。
「大丈夫、大丈夫。すぐに慣れますよ!」
看護師のみなさんが優しい笑顔で「うん、うん」とうなずく。
クッ…。
な、泣いてねえよ。ちょっと目が染みただけさ。
どんなツラしてるか見に行くわよ
「ああ、また姉からだ」
そう言ってスマホでメールを確認するKさんは、近所のおじいちゃんだ。
ビートルズが好きで、コインランドリーで会うとたまに喋る仲である。
「けっこうお姉さんとメールのやり取りするんですか?」
「姉はねえ、もう80過ぎなのに、やたら元気というかなんと言いますか…。けっこうどころか、しょっちゅう色んな誘いの連絡が来るんですよ。」
こないだなんか凄かったんだから、と、こんな話を聞かせてくれた。
その日、お姉さんに呼び出されたKさんは、駅前のコーヒーショップで楽しそうにしゃべる彼女の話を聞いていたそうだ。
主には最近行ったハワイの話だったが、お姉さんは急に立ち上がり、「さ、行くよ。」と言った。
Kさんは驚いた。てっきり少し話して解散かと思っていたのだ。
「行くって、どこ行くの。」
そう聞くと、お姉さんはククク、と笑った。
「この辺ねえ、アタシの同級生、ミツエちゃん。ミツエちゃんのやってるお店があるのよ。」
「ああ、その、ミツエさんに会うってこと?お店にこれから行くの?」
「違うよお!話を最後まで聞きなさいよ。」
コーヒーショップを出たお姉さんは、少しだけ声を落として話を続けた。
「ミツエちゃん、不倫してんの。旦那さん亡くなってるんだけど、去年新しく彼氏ができたんだよ。でも、その彼氏に、まだ奥さんいるんだって!」
お姉さんは楽しくてたまらない様子だったが、Kさんは話が見えないと思ったそうだ。
百歩譲って高齢不倫ストーリーをミツエさんに聞きにいこう、ということならまだ分かるが、ミツエさんには会わないという。
なら、いったいどこへ向かうというのだろう。
なんにせよKさんは帰りたかったが、突然、お姉さんが通行人に声をかけ始めた。
「あのう、すみません。×××不動産ってご存じ? 用がありまして・・・。」
通行人は土地の人間じゃないからわからない、ごめんなさいね、と言いながら去っていったが、状況はますます分からなくなった。
「姉ちゃん、なにやってんだよ。不動産屋に用事なんて無いだろ。」
「まだピンとこないの。その彼氏が経営してんの。×××不動産。」
ミツエちゃんをたらしこんだ不倫男のツラ、絶対に拝みたいじゃないの。
お姉さんはそう言ってガハハと笑った。
あまりにも下世話すぎて、Kさんも笑ってしまったという。
不倫彼氏の情報を往来の人に聞き込みして、最後に×××不動産を覗きに行くというツアーだったのだ。
「こういう聞き込みはね、一人より夫婦っぽいほうが説得力が出るのよ。だからアンタを呼んだのよ。」
悪びれもせずニヤニヤとそう言うお姉さんを尻目に、「じゃ、また。」と言ってKさんは帰った。
話を一通り聞いていろいろ思うことはあったものの、「お姉さん、パワフルっすね」と僕は言った。
パワフルかあ、ほんとにそうだね、と苦笑しながら、Kさんは今しがた受信したメールを見せてくれた。
「アンタ来週の月曜時間ある? 私のお友達のカブトムシが蛹になるかもしれないの。二人で見に行くよ!」
もうほとんど涼宮ハルヒなんじゃないか、Kさんのお姉さん。