
“テセウスの船”という思考実験がある。
偉大な英雄・テセウスが遠征に使った船は、後世のために大事に保管されていた。
しかし、経年劣化は避けられない。
ある日、傷んだ木材を修理のために交換した。あくる日は、破れた帆を交換した。
そのように修理と交換を繰り返し、100年経ったころには交換していない部品はひとつもなくなった。
見た目は100年前とまったく同じ船だ。しかし、本当に同じ船と言えるのだろうか?
『ミッキー7』(ハヤカワ文庫SF)の主人公、ミッキー・バーンズは”テセウスの船”を地で行く人間だ。
物語開始時点でミッキーはもう7回死んでいる。
死ぬたびに新しい肉体が作られ、”前の”ミッキーの記憶をインストールされて蘇り、また死地へと赴く。それが彼の仕事なのだ。
死んだミッキーと、新たに蘇ったミッキー。
さて、彼らは同一人物だろうか?
『月に囚われた男』や『オール・ユー・ニード・イズ・キル』のようなハードな世界観と発想のSFだが、面白いことに主人公のミッキーはアホだ。
軽薄、厭世家、そして浅慮。
タフな性格だから死が平気なのではなく、あんまり真面目に考えてないのだ。
特別なスキルもなく、行き当たりばったりの生き方で、生死どころか自身の同一性まで他人に明け渡している。
何度も何度も死ぬ。仮初の不死身人生から抜け出せない、徹底的な”持たざる者”。
そんな彼を待ち受けるのは、絶対起きちゃいけない大ピンチだ。
果たして人生終わっちゃうようなピンチを、人生を変えるチャンスにできるのか。
がんばれ、ミッキー!
『ミッキー7』 はそんな小説だ。読んでいて楽しかった。
ところで、本作をポン・ジュノ監督が映画化するそうだ。最高。
タイトルは『ミッキー17』となっていた。
さらに10回死ぬらしい。がんばれ、ミッキー。