キーちゃんの夏

横断歩道の向こう側で、散歩中のダックスフンドが地面に体をこすりつけている。

天に腹を見せつけ、舌をベロンベロン振り乱し、やや白目を剥きながら、狂ったように背中を地面でこすっている。
本当におかしくなっちゃったのかもしれない。夕方なのに、気温は30°cを越えたままなのだ。僕も変になりそうだ。

信号が青になり、僕は歩道を渡るが、ダックスと飼い主の女性はその場にとどまっている。
ダックスがこすりつけをやめないからだ。

「キーちゃん、やめな! ほら、いくよ、キーちゃん!」

飼い主が声をかけているが、キーちゃんは止まらない。むしろ勢いを増して、グリグリグリン!!と全身を揺すっている。

「キーちゃん!ちょっと、フフフ。どうしたの、本当に。」

すれ違いざま、女性は笑っていた。そうだよね、長すぎるもんね。

「キーちゃん!ねえ、フフッ。 無くなっちゃうよ!そんなにしたら! キーちゃん、削れて無くなっちゃうよ!

一瞬だけ、キーちゃんと僕の目が合った。

信じられないぐらいキラキラしていた。

今日のキーちゃんは、もう無くなっちゃいたいのかもしれない。

地獄の猛暑を言い訳にして、価値や意味を超越した限界までいくのかもしれない。

キーちゃんの夏は、始まったばかりだ。

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