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俺のスマホはガラガラヘビ

コーヒーを買って席に戻ると、妻と息子の隣に大きめのアメリカ人が座っていた。

ジェダイの格好で、デカいチキンをほおばっている。
普段なら異様な光景だろうが、今日はスターウォーズ・セレブレーション(大型ファンイベント)の初日だ。
現に僕もスターウォーズのキャラクターの仮装をして、思う存分会場をウロウロしている。

「やあ、ジェダイ」と声をかけると、「やあ、どうも!僕はケニー(仮名)。カリフォルニアから来たジェダイ・ナイトだ。よろしくな!」と満面の笑みが返ってきた。

ケニーは日本に来るのは初めてだということや、先ほど発表された新作映画にワクワクしていることを、意味なくヨーダの物まねを織り交ぜながら教えてくれた。

そしてとにかく笑う。自分でしゃべっても笑うし、こっちがしゃべっても笑うし、少し照れている僕の息子に話しかけては笑う。

笑いすぎて、ホットドッグ用のケチャップを自分の服にこぼしていた。「オー、ノー!!!死ぬ~~~!!」と叫んで、また笑っていた。

 

せっかくだからみんなで写真を撮ろうとすると、ケニーが慌てだした。

「あれっ。スマホが。スマホが見当たらない。」

ないない、と言いながら、ローブのポケットやカバンを探している。

ちょっと、ケニー。と僕と妻が声をかけ、同時に机の上を指さした。最初からそこにあったのだ。こういうことってあるよな。

ケニーは「意外だ!!」という表情でスマホを取り上げ、僕らの顔を見回した。

「もし僕のスマホがヘビだったら、嚙まれて死んでいただろうね!」

そう言うやいなや、ケニーは今までで一番デカい声で笑い出した。涙を流して笑っていた。

なんてこった。ガチモンのアメリカンジョーク。なかなか聞く機会ないぜ。

 

ケニーと写真を撮って、「また会えるのを楽しみにしてるよ」と伝えると、「ああ!次はロサンゼルスで会おう!」とケニーは言った。

なぜロサンゼルス? カリフォルニアから来たって言ってなかったっけ?

そうは思ったが、別に聞き返すこともなくその場をあとにした。

それから数日後。次回のスターウォーズ・セレブレーションの開催情報が発表された。ロサンゼルスで開催されるそうだ。

ケニー、君は関係者だったのか? それとも、本当に予言ができるジェダイだったのか。

 

コンタクト応援団

裸眼の俺が必要な用事があるため、コンタクトレンズを作った。

今まで一回もつけたことがない。あんなうっすい物体を眼球に直接、”つける”て。ほとんど目を触ってるのと同じじゃないか。

眼科で検診を受けて、そのまま看護師さんにサンプルのコンタクトレンズの装着方法を教えてもらうのだが、呆れるほど失敗した。

やっぱり目を触るのと何も変わらなかった。自分の指が眼球に触れると、しみて目を閉じてしまう。

「寒川さん、両目とも閉じないでください!」

「がんばって!」

「黒目はまっすぐ、鏡ですよ~。」

なんか、看護師さん増えてないか?

気が付くと3人くらいに応援されていた。こんなに情けないことってあるか。

応援はありがたいけど、一向にうまくいかない。失敗するたびに「「「あ~~惜しい~~」」」などとギャラリーから声があがる。
すまねえ、みんな。 クソ、俺がもっと器用なら…!

結局、看護師さんの一人につけてもらった。検診が進まないから。

「大丈夫、大丈夫。すぐに慣れますよ!」

看護師のみなさんが優しい笑顔で「うん、うん」とうなずく。

クッ…。

な、泣いてねえよ。ちょっと目が染みただけさ。

 

どんなツラしてるか見に行くわよ

「ああ、また姉からだ」

そう言ってスマホでメールを確認するKさんは、近所のおじいちゃんだ。
ビートルズが好きで、コインランドリーで会うとたまに喋る仲である。

「けっこうお姉さんとメールのやり取りするんですか?」
「姉はねえ、もう80過ぎなのに、やたら元気というかなんと言いますか…。けっこうどころか、しょっちゅう色んな誘いの連絡が来るんですよ。」

こないだなんか凄かったんだから、と、こんな話を聞かせてくれた。

 

その日、お姉さんに呼び出されたKさんは、駅前のコーヒーショップで楽しそうにしゃべる彼女の話を聞いていたそうだ。
主には最近行ったハワイの話だったが、お姉さんは急に立ち上がり、「さ、行くよ。」と言った。

Kさんは驚いた。てっきり少し話して解散かと思っていたのだ。

「行くって、どこ行くの。」

そう聞くと、お姉さんはククク、と笑った。

「この辺ねえ、アタシの同級生、ミツエちゃん。ミツエちゃんのやってるお店があるのよ。」

「ああ、その、ミツエさんに会うってこと?お店にこれから行くの?」

「違うよお!話を最後まで聞きなさいよ。」

コーヒーショップを出たお姉さんは、少しだけ声を落として話を続けた。

ミツエちゃん、不倫してんの。旦那さん亡くなってるんだけど、去年新しく彼氏ができたんだよ。でも、その彼氏に、まだ奥さんいるんだって!」

お姉さんは楽しくてたまらない様子だったが、Kさんは話が見えないと思ったそうだ。
百歩譲って高齢不倫ストーリーをミツエさんに聞きにいこう、ということならまだ分かるが、ミツエさんには会わないという。

なら、いったいどこへ向かうというのだろう。

なんにせよKさんは帰りたかったが、突然、お姉さんが通行人に声をかけ始めた。

「あのう、すみません。×××不動産ってご存じ? 用がありまして・・・。」

通行人は土地の人間じゃないからわからない、ごめんなさいね、と言いながら去っていったが、状況はますます分からなくなった。

 

「姉ちゃん、なにやってんだよ。不動産屋に用事なんて無いだろ。」

「まだピンとこないの。その彼氏が経営してんの。×××不動産。」

 

ミツエちゃんをたらしこんだ不倫男のツラ、絶対に拝みたいじゃないの。

 

お姉さんはそう言ってガハハと笑った。

あまりにも下世話すぎて、Kさんも笑ってしまったという。

不倫彼氏の情報を往来の人に聞き込みして、最後に×××不動産を覗きに行くというツアーだったのだ。

「こういう聞き込みはね、一人より夫婦っぽいほうが説得力が出るのよ。だからアンタを呼んだのよ。」

悪びれもせずニヤニヤとそう言うお姉さんを尻目に、「じゃ、また。」と言ってKさんは帰った。

 

話を一通り聞いていろいろ思うことはあったものの、「お姉さん、パワフルっすね」と僕は言った。

パワフルかあ、ほんとにそうだね、と苦笑しながら、Kさんは今しがた受信したメールを見せてくれた。

「アンタ来週の月曜時間ある? 私のお友達のカブトムシが蛹になるかもしれないの。二人で見に行くよ!」

もうほとんど涼宮ハルヒなんじゃないか、Kさんのお姉さん。