1の口

電動フロッサーを買った。
強力な水流が発射されて、歯についた汚れをパワフルにブッ飛ばす機械だ。
フェンダーマスタングも買ったけど、それよりフロッサーの話がしたい。

食事をしたあとの口内の汚れレベルを、仮に「10」としましょう。仮によ。感覚的な話だから。
しっかり歯磨きをして、糸ようじで歯の間もケアして、最後に清潔な水で口をゆすいだら、「ゼロ」になったと思いますよね。

いいや、それはまだ「5」なんだ。 まだ先があるんだ。

電動フロッサーをすると、「1」になるんだ。
マジなんだ。信じてくれ。
この目を見てくれ。君に嘘はつかない。

小学生のころ、学校からピンク色の錠剤をもらったことはあるだろうか。
噛んでからゆすぐと、歯の汚れたところがピンク色に染まるやつだ。
いつもの倍くらい歯磨きをしても、全歯がピンクのキモ男児になってしまうので、「ほなどうしたらええねん」と呆れていた。

いまならわかる。「5」だもん。そりゃ歯ピンクよ。
フロッサー後なら割と自信がある。口内の感覚がまるで違うからだ。
なんなら試したいところだが、あの錠剤どこで売ってるんだ。
マツキヨには無かったぞ。歯専門のマツキヨみたいなのがあるのか? 行きたいな。

使用後の爽快感に感銘を受けすぎて、周囲の全員にオススメしている。
両親にはもう買ったし、友達夫婦に買わせた。俺は電動フロッサーの猗窩座。
お前も歯をキレイにしないか、杏寿郎?
列車の中でアホほど弁当喰ってただろ。絶対歯を磨いた方がいいぞ。

架空が呼んだ – 名前の読み方

友達が舞台監督を務めている『架空が呼んだ』という演劇作品を観てきた。

本人役で出演している須藤瑞己さんが、名前の読みを間違えられやすい、と独白する場面があった。
須藤はスドウ、と読むが、本名は ス「ト」ウ、と読むらしい。
で、ひとたび間違えられたら訂正のタイミングを失う。
わざわざ直してもらうほどでもないから、気がつけばず~っと苗字や名前を間違えられたまま生きている時間がある、という話をしていた。

めちゃくちゃ分かる。共感のるつぼ。演劇の最中じゃなかったら、須藤さんをすぐメシに誘っていただろう。

僕の苗字は寒川だ。サムカワでもカンカワでもなく、「サンガワ」と読む。香川県の一部地域での読み方だ。
わかる。やや直感的じゃない読み方だ。本当に覚えづらいと思う。先祖がすいません。
これまで信じられないくらい間違えられてきたし、今もどこかで間違えられてるし、今後も間違えられることだろう。
諦めとかじゃなく「そんなモンしょ」と思っているので、ぜんぜん気にしてない。好きに呼んでほしい。
どう呼びかけられても、僕はあなたの方を振り向く。「カワイイね」でも振り向く。

ただ、高校のときの理科の先生。僕のことを「カミハラくん」と呼んでいた先生。
あれは振り向けなかった。というか、僕のことだと思わなかった。僕の顔を見ながら「カミハラくん」と言ってるから、ギリギリ返事できたけど。
それでも僕は2学期耐えた。授業の流れを切るほどではないと思ったから。
ある日ふと我慢できなくなって、「あの、僕、サンガワです」と宣言してみたら、「なんで早く言わないの」とやや怒られたし、教室にも「目立たないヤツが急に何か言った」という変な空気が流れたので、普通に嫌な思い出である。

『架空が呼んだ』は、名前の件に限らず、個人的な記憶が呼び覚まされる描写が多くて面白かった。
大学の講評の時間、友達との共同制作、筆が止まって連絡が取れなくなる脚本家……。
観劇中、何度も横になりたくなった。記憶が急にあふれ出すと、臓器にダメージが来るから。
なるべく柔らかいベッドから観たい。ポケットコイルマットレスがいい。

それでも楽しめたのは、温かい話だからに他ならない。
創作についてのストーリーだったが、上から目線に決してならず、観る人への対等な「ガンバりましょや」というメッセージを感じて嬉しかった。
ガンバりましょう、みなさん。情熱をかけられる物事、続けられるだけ続けてみましょうね。

マンダロリアン・アンド・グローグー

*公開中の映画『マンダロリアン・アンド・グローグー』のネタバレがあります。

おもしろかった。
劇伴の良さ、テンポ重視の編集も相まって、楽しい長尺のミュージック・ビデオのようだ。
良い意味で、「ドラマの劇場版」という重みがない。
映画なのに「仕事します!火の粉は払います!おれたちマンドーとグローグーです!ずっと一緒です!」以外、なにも言ってない。

そんなのはドラマシリーズを観てれば当然知ってるから、わざわざ言い直していただかなくても大丈夫。だと思うでしょう。

俺たちは何度でもそれが見たいから、何度でも言っていただいていいんですよ。

そして初めて観るみんなたち。
いいでしょう、このコンビ。ようこそスター・ウォーズへ。

これまでの作品群からうまいこと切り離されているので、いきなり本作を観ても大丈夫なのが実はすごいポイントだ。
スター・ウォーズシリーズは本編が9作あるが、一本も観なくていい。
ドラマ『マンダロリアン』は3シーズンある。観なくていい。映画の冒頭5分でざっと説明してくれるから。
初見の人が『マンダロリアン・アンド・グローグー』を楽しめるよう、緻密に考えられていると感じた。

もちろん、ファンにとって嬉しいポイントはたくさんある。200個あった。

・ゼブが実写で活躍(泣)
・ぷくぷくちゃんがムキムキちゃんに成長
・今、デイブ・フィローニいた?
・布外したスノートルーパー、ラルフ・マクォーリーのコンセプトアートみたい
・レイザークレストでN-1みたいなドッグファイト
・傭兵ドロイドの嬉しいデザイン、巨ドロイドのフィル・ティペット的動き
・デジャリックだ!!!
・スクリーンタイムが多いアンゼラ人
・渾身の「ダンク・ファリック」
・今、マーティン・スコセッシいた?

まだまだ列挙できるが、これらはほとんど映画の本筋に関係ない。それが素晴らしい。
知ってる人にとっては嬉しく、知らない人にとっては気にならない、そんなバランスのファンサービス。
マーティン・スコセッシが出てようが出てまいが、そんなんどっちでもいいからね。
ともあれ、アトラクション映画に出演してくれてありがとう。チュッ(投げキッス)。『キング・オブ・コメディ』大好きです。

もうひとつ嬉しいのは、ちゃんとシリーズの価値観が前に進んでいることだ。
マンダロリアン(ディン・ジャリン)とグローグーには血縁関係が無いが、彼らは家族だ。
スター・ウォーズ本編は血縁に縛られる話なぶん、血を介さない愛を描く『マンダロリアン』シリーズはもう一歩踏み込んでいる。

また、ルークがベイダーの道を進まなかったように、ロッタ・ザ・ハットがジャバのような人生を拒絶した点も大きい。
ハットという種族は、過去作品において悪のペルソナを与えられがちだったが、パワフルな善性を放つロッタの描写のおかげで「悪い”種族”などいない」と明示される。
ホンマにええことですわ。

最近SNSでも「スター・ウォーズって結局どこから見たらいいんだよ」と論争になっていたくらいなので、『マンダロリアン・アンド・グローグー』のようなドデカい入口が誕生したことに正直驚いている。
ここから入った皆様におかれましては、個人的には『スター・ウォーズ EP4-6』→ドラマ『マンダロリアン』の流れをオススメいたします。
なにかございましたら、お気軽にご連絡くださいませ。
いつかみんなで集まって、マンドーが”掟”をどう認識してるのか推察し合おうな。