ホドロフスキーのDUNE

2013年(米)
監督:フランク・バヴィッチ

はい、毎度どうも。空中カメラの寒川響です。

ちょっと今日は昔話から始めますね。
田中、牧野と僕は同じ高校に通ってまして、昼休みになると図書室前のベンチで飯を食いつつ、漫画と映画とCDを交換してはオゲレツトークで笑う、というルーチンを3年まるまる繰り返していました。目も当てられません。スポーツ、青春、さわやかな笑顔、甘酸っぱい恋愛、などというワードからかけ離れた、ひどい高校生活です。

そんなカラッケツ青春時代において、田中が「値千金とはこいつの事だぜ〜〜!」と声高にヤバがっていた作品の一つが「ホーリー・マウンテン」なる映画だったのです。すなわち今回取り上げる、アレハンドロ・ホドロフスキー監督の名作です。

僕は初めて見たとき、「イカれてるな」としか思いませんでした。

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ご覧の通りです。

 

脳が処理できない映像をわんこそばのスピードで繰り出してきます。映画を「観る」というより「浴びる」体験が可能です。終盤僕は笑いっぱなしだったのですが、なんで笑ったのか説明しろと言われてもできない、そういう作品です。

そういう作品が空前のヒットをたたき出した時代があったんです。

とにかく大ヒットにより金を手に入れたホドロフスキーが次に挑んだのが、本格SF超長編小説「DUNE」です!

ようやく本作「ホドロフスキーのDUNE」の話ですが、要するに映画を撮ろうとしたけど色々あってオクラ入りするドキュメンタリー映画。

同じく映画制作頓挫ドキュメンタリーに「ロスト・イン・ラ・マンチャ」(ドン・キホーテを映画化しようとして失敗する話)がありますが、またこれは趣の違う頓挫ぶりです。「ロスト・イン〜」はその失敗ぶりを「なるほど、こんな事も起こるもんなのか」と楽しむものとするならば、本作はカルチャーの粋を集めて出来上がるはずだった超大作が完成しなかった事を惜しむ、偉大なる墓標のような作品です。グレイトフル・デッドです。

「DUNE」の制作にかけたホドロフスキーの情熱たるや凄まじく、神懸かり的なスカウト能力と壮大なイマジネーションで、多岐に渡る分野のビッグネームを協力させます。この過程が非常に面白く、関わる人間に熱が波及していく様が見てて爽快。彼らによって生み出されたアートワークやコンテは圧巻の一言です。

加えて、(恐ろしい事に)ホドロフスキーは採算も映画のヒットもそんなに考えてません。彼の目的は、「人間の心の在り方を変える映画を作る」ことです。そうです、彼はヤベー奴です。本作はそんな彼の思想に迫るドキュメンタリーでもあり、芸術に狂っている人間の異質さ、美しさをかいま見る事ができる作品です。

 

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“芸術に狂っている人間”の姿。本作が受賞したモントリオール映画祭に出席できなかったので、観客に向けてビデオメッセージを送ったが、全裸だった。

 

超大作「DUNE」は果たしてどの様な最後を迎え、映画界にいかなる遺産を遺したのかは実際観てもらうとして、なんで今更「ホドロフスキーのDUNE」を紹介したのかというアレなんですけども。

レジェンダリー・ピクチャーズが「DUNE」の映画化権を買ったらしいんですね。ヒュウゥゥ〜。

狂ったインターステラーみたいなの作ってくれると楽しそうですね。公開されるその日をお楽しみに!もしくは、また頓挫するかもな!ではおさらば!

 

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